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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)5009号 判決 1975年8月26日

昭和四七年(ワ)第六、三一八号事件原告、昭和四七年(ワ)第五、〇〇九号事件被告(以下単に原告という)

破産者有限会社長谷川礦油破産管財人 浅岡省吾

昭和四七年(ワ)第六、三一八号事件被告 株式会社カコー

右訴訟代理人弁護士 佐伯修

昭和四七年(ワ)第六、三一八号事件被告 有限会社イコー礦油

右訴訟代理人弁護士 大塚功男

同 千葉昭雄

右訴訟復代理人弁護士 山崎康雄

昭和四七年(ワ)第六、三一八号事件被告、昭和四七年(ワ)第五、〇〇九号事件原告(以下単に被告という) 第一勧業信用組合

右訴訟代理人弁護士 的場武治

同 戸取日出夫

同 吉成昌之

同 栗林秀造

同 田中純忠

右訴訟復代理人弁護士 萩原金美

同 塩飽志郎

同 長谷則彦

主文

一、被告株式会社カコーは、原告に対し、別紙目録記載の建物につきなされた東京法務局城北出張所昭和四六年六月三〇日受付第四四六三二号賃借権設定仮登記および同出張所同年七月二九日受付第五二〇六五号賃借権設定登記ならびに同出張所同年八月一二日受付第五五一五六号根抵当権設定仮登記の各否認の登記手続をせよ。

二、被告株式会社カコーは、原告に対し、別紙目録記載の建物を明渡し、かつ、金二二〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四七年八月三日から支払済まで年五分の割合による金員ならびに昭和四七年七月一日から右建物明渡済まで一ケ月金二〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

三、被告有限会社イコー砿油は、原告に対し、別紙目録記載の建物を明渡せ。

四、被告第一勧業信用組合は、原告に対し、別紙目録記載の建物につきなされた東京法務局城北出張所昭和四七年二月五日受付第七三七二号根抵当権設定仮登記の否認の登記手続をせよ。

五、被告第一勧業信用組合の請求を棄却する。

六、訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

<省略>

理由

第一、原告の被告カコーに対する請求について

一、破産会社は、昭和四七年三月三一日、東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告が破産管財人に選任されたことは当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、破産会社は、昭和四六年六月二五日、手形不渡りを出して支払を停止し、同年一〇月八日、債権者の東新瀝青株式会社から破産の申立がなされたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、破産会社は、本件建物を所有していること、破産会社は、昭和四六年六月二九日、被告カコーとの間で、本件建物につき賃借権設定契約をなし、東京法務局城北出張所同月三〇日受付第四四六三二号賃借権設定仮登記を経由したこと、破産会社は、同日、被告カコーとの間で、本件建物につき賃料一ケ月二〇、〇〇〇円の約定の賃借権設定契約をなし、同出張所同年七月二九日受付第五二〇六五号賃借権設定登記を経由したこと、破産会社は、被告カコーとの間で、本件建物につき根抵当権設定契約をなし、同出張所同年八月一二日受付第五五一五六号根抵当権設定仮登記を経由したことは当事者間に争いがない。

原告は、本件訴状により、被告カコーに対し、破産法第七二条第四号により、右各賃借権設定契約を否認し、同法第七四条第一項により、右根抵当権設定仮登記を否認する旨の意思表示をしたものであり、本件訴状は昭和四七年八月二日、被告カコーに送達されたことは本件記録上明らかである。

(一)、まず右各賃借権設定契約の否認について判断する。

<証拠>を綜合すると、破産会社は、昭和四五年六月一二日から金融業者の被告カコーと金融取引を始め、昭和四六年三月二日、被告カコーから四、〇〇〇、〇〇〇円を借受け、同日現在被告カコーに対する債務は合計一一、五〇〇、〇〇〇円となり、同年六月三〇日当時の債務は合計一六、五〇〇、〇〇〇円となっていたこと、破産会社は、昭和四六年六月二九日、被告カコーとの間で、本件建物につき賃料一ケ月一、〇〇〇円、期間三年の約定の賃借権設定契約をして、同月三〇日、賃借権設定仮登記をし、更に同日、被告カコーとの間で、被告カコーが本件建物を使用して破産会社と共同で給油所を経営すること、被告カコーは同年九月一日に三、〇〇〇、〇〇〇円を出資し、被告カコー名義で営業をするが、営業上生じた純利益は被告カコーと破産会社が折半する旨の共同経営契約をなすとともに、同日、被告カコーとの間で、破産会社が被告カコーに対して本件建物を賃貸すること、賃料は一ケ月二〇、〇〇〇円、期間は二〇年とすること、賃借人は賃貸人の承諾なくして賃借権の譲渡又は本件建物を転貸することができること、被告カコーは破産会社に対する貸金債権と破産会社の被告カコーに対する右賃料債権とを毎月対当額で相殺することとの約定の賃貸借契約を締結し、同年七月二九日、賃借権設定登記をしたこと、破産会社は、同月中に被告カコーに対し、本件建物を引渡し、以後本件建物における営業に全く関与しなくなったこと、被告カコーは、右約定にもとづき、同月から毎月本件建物の賃料一ケ月二〇、〇〇〇円づつを貸金額から控除して帳簿に記入していること、破産会社の代表取締役の長谷川は、同年六月二五日に手形の不渡りを出して支払を停止する前後一ケ月位の間に再三被告カコーの代表取締役加藤幸三郎に会って金策の相談をしており、その結果前記の各契約がなされたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

被告カコーは、右各賃借権設定契約当時破産会社が支払を停止していたことを知らなかった旨主張しており、<証拠>中には右主張にそう供述部分が存するけれども、前記認定の事実ことに被告カコーは、昭和四六年三月二日当時から破産会社に対して多額の債権を有し、その債権回収のために前記の各契約を締結するなど種々の方策を講じ、被告カコーの代表者加藤幸三郎は、破産会社の代表者の長谷川と破産会社の支払停止の前後にわたり再三金策等についての相談をしていたことなどの事実に照らし、右供述部分はたやすく措信し難く、他に被告カコー主張の右事実を認めるに足りる証拠もない。

以上の次第で、破産会社が被告カコーとの間でなした右各賃借権設定契約は、破産会社の被告カコーに対する債務を担保するためになされたものであり、かつ破産会社の支払停止後になされた行為であるから、原告は、被告カコーに対し、破産法第七二条第四号により右各契約を否認しうるものというべきである。

(二)、次に右根抵当権設定仮登記の否認について考える。

<証拠>を綜合すると、破産会社および長谷川は、昭和四六年三月二日当時被告カコーに対し一一、五〇〇、〇〇〇円の債務を負担するに至ったので、同日、被告カコーとの間で、破産会社所有の本件建物と長谷川所有の土地建物を共同担保として極度額一九、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権を設定する旨の契約を締結したこと、破産会社は、同年六月一二日、本件建物につき所有権保存登記をなし、同年八月一二日、本件建物につき右根抵当権設定契約にもとづく根抵当権設定仮登記を了したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実に前記(一)の事実を合わせ考えると、被告カコーの代表取締役加藤幸三郎は、本件建物について右根抵当権設定仮登記をした昭和四六年八月一二日当時、破産会社が手形不渡りを出して倒産し、支払を停止していたことを知っていたものと推認することができ、被告カコー代表者本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右しうべき証拠はない。

以上の事実によれば、右根抵当権設定仮登記は、破産会社の支払停止後で、根抵当権設定契約の日から一五日以上経過した後になされたものであり、かつ右仮登記をした当時被告カコー代表者は破産会社が支払を停止していたことを知っていたものであるから、原告は、被告カコーに対し、破産法第七四条第一項により、右根抵当権設定仮登記を否認しうるものというべきである。

(三)、破産会社と被告カコー間の右各賃借権設定契約および根抵当権設定仮登記が否認されたことは前記(一)、(二)のとおりであるから、原告は、本件建物につき登記の原状を回復するため、被告カコーに対し、本件建物につきなされた前記賃借権設定仮登記、賃借権設定登記および根抵当権設定仮登記の各否認の登記手続を求めうるものというべきである。

なお、原告は、本件建物につきなされた右各登記の抹消登記手続を請求しているが、右請求は否認の登記手続を求める趣旨と解することができるから、原告の右請求は理由がある。

三、破産会社と被告カコー間の本件建物についての右各賃借権設定契約が否認されたことは前記二(一)のとおりであり、被告カコーの本件建物の賃借権は破産財団に対する関係において契約時にさかのぼってその効力を失うものというべきであるから、破産財団は右各契約以前の状態に復帰するものであり、被告カコーは、原告に対し、本件建物を明渡すべき義務がある。

また、被告カコーは、原告に対し、右原状回復義務として、本件建物の引渡を受けた後である昭和四六年八月一日以降本件建物明渡済まで本件建物の賃料相当の金員を支払うべき義務があるが、前記二(一)で認定した事実によれば、本件建物の昭和四七年八月当時の賃料は一ケ月二〇、〇〇〇円が相当であると認められる。

なお、原告は、被告カコーに対し、賃料および賃料相当の損害金の支払を求めているけれども、原告の右請求は、右賃貸借契約の否認によって本件建物の占有を原状に回復し、かつ被告カコーが本件建物の引渡を受けて以後原告にこれを返還するまでの間の本件建物の使用収益による利得を返還することを求めているものと解することができる。

したがって、原告は、被告カコーに対し、本件建物の明渡ならびに昭和四六年八月一日から昭和四七年六月末日まで一ケ月二〇、〇〇〇円の割合による合計二二〇、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな同年八月三日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金、同年七月一日から本件建物明渡済まで一ケ月二〇、〇〇〇円の割合による金員の支払を求めうるものである。

第二、原告の被告イコーに対する請求について

一、破産会社は、昭和四六年六月二五日、支払を停止し、同年一〇月八日、東京地方裁判所に破産の申立がなされ、昭和四七年三月三一日、同裁判所において破産宣告を受け、原告が破産管財人に選任されたことは当事者間に争いがない。

二、被告イコーは、被告カコーから本件建物を賃借したことは当事者間に争いがない。

原告は、本件訴状により、被告イコーに対し、被告イコーと被告カコー間の本件建物賃貸借契約を否認する旨の意思表示をしたものであり、本件訴状は昭和四七年八月二日、被告イコーに到達したことは本件記録上明らかである。

<証拠>を綜合すると、破産会社は、本件建物と松戸の営業所でそれぞれガソリンスタンド営業をしていたが、破産会社の代表取締役長谷川は、昭和四六年春ごろから実弟の修に松戸営業所の所長をさせていたこと、修は、長谷川に対し、破産会社所有の本件建物での営業をやらしてほしい旨を依頼したので、長谷川は、同年八月ごろ、修とともに被告カコーの代表者加藤幸三郎に対し、本件建物でのガソリンスタンド営業を修にやらせてほしい旨申入れてその承諾を得たこと、修は、同月一一日、被告イコーを設立してその代表取締役となり、被告カコーは、同月二五日、被告イコーとの間で、被告カコーが被告イコーに対して本件建物を給油所として賃貸すること、賃料は一ケ月五〇、〇〇〇円とし、期間は二〇年とすることとの約定の賃貸借契約を締結し、そのころ、被告イコーに対し、本件建物を引渡したこと、修は、右契約当時、長谷川から、破産会社は同年六月二五日に手形の不渡りを出して倒産し、同月三〇日には被告カコーに本件建物を賃貸して本件建物での営業を委せているので、本件建物を使用して営業をするについては、破産会社としても被告カコーの承諾なくしては自由にならない状態となっていることを聞いており、また、契約の数日前から本件建物内の商品等が全然なくなっていることを従業員から聞いて知っていたことが認められ、右認定を左右しうべき証拠はない。

以上の事実に前記第一、二(一)の事実をも合わせ考えると、被告イコーの代表取締役修は、被告カコーと被告イコー間の本件建物の賃貸借契約当時、被告カコーは破産会社が手形の不渡りを出して支払を停止した以後に破産会社から本件建物を賃借したことを知っており、破産会社と被告カコー間の本件建物の賃貸借契約および右転貸借契約が破産会社の債権者を害する行為であることを知りながら右転貸借契約をしたものと推認することができるから、原告は、被告イコーに対し、破産法第八三条第一項第一号により、右転貸借契約を否認しうるものというべきである。

したがって原告は、被告イコーに対し、原状回復として本件建物の明渡を求めうるものである。

第三、原告の被告組合に対する請求について

一、破産会社は、昭和四七年三月三一日、東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告が破産管財人に選任されたことは当事者間に争いがなく、破産会社は、昭和四六年六月二五日、手形不渡りを出して支払を停止し、同年一〇月八日、債権者の東新瀝青株式会社から破産の申立がなされたことは前記第一、一のとおりである。

二、破産会社は、被告組合との間で破産会社所有の本件建物につき根抵当権設定契約をなし、東京法務局城北出張所昭和四七年二月五日受付第七三七二号根抵当権設定仮登記を経由したことは当事者間に争いがない。

原告は、昭和四八年四月三日の本件口頭弁論期日において、被告組合に対し、破産法第七二条第四号により、破産会社と被告組合間の右根抵当権設定契約を否認する旨の意思表示をしたものである。

<証拠>を綜合すると、被告組合は、昭和四六年四月一四日、破産会社および長谷川との間で金融取引約定書をとりかわして金融取引をなしたが、破産会社および長谷川は、同年五月二九日、被告組合との間で、長谷川所有の土地建物に極度額一七、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権を設定する旨の契約をなし、同年六月一〇日、その登記を了したこと、被告組合は、同年五月二九日、破産会社との間で、右根抵当権設定契約書を作成したが、右契約書には本件建物を担保に供する旨の記載は全然なく、また本件建物に根抵当権設定登記をするために必要な破産会社の委任状、印鑑証明書等の書類を差し入れさせたこともなかったこと、被告組合の担当職員であった横松茂は、右契約当時、本件建物の存することは確認していたが、当時本件建物は未登記であり、未登記建物を担保にとることはできないと考えていたこと、本件建物は同年六月一二日に破産会社名義に所有権保存登記されたが、被告組合は、その当時長谷川に連絡して本件建物についての担保設定を求めたことはなかったこと、横松は、破産会社が同月二五日に不渡りを出して支払を停止したので、同年七月初めごろ、当時破産会社の債権者委員長の笹島が保管していた破産会社代表者印と長谷川の印章とを、笹島に依頼して、破産会社の被告組合に対する一七、〇〇〇、〇〇〇円の債務の追加担保として本件建物に根抵当権を設定する旨の記載のある追加担保差入契約証書に押印させたうえ、同月六日、長谷川を自宅に訪ねて右書面に長谷川の署名を求めたので、長谷川はこれに応じ、同日、被告組合と破産会社間に本件建物についての根抵当権設定契約が成立したこと、被告組合は、右契約にもとづいて、昭和四七年二月二日、東京地方裁判所で仮登記仮処分命令を得て、同月五日、本件建物につき根抵当権設定仮登記を経由したことが認められ、<証拠>中右認定に反する部分はたやすく措信し難く、他に右認定を左右しうべき証拠はない。

<証拠>によれば、長谷川は、昭和四六年七月六日付契約は同年五月二九日に追加担保差入を約していたが、手続がおくれ、証書日付が同年七月六日となったものである旨の記載のある昭和四八年三月二日付の念書と題する書面を作成したことが認められるが、<証拠>によれば、右書面は、本訴提起後に横松が長谷川の自宅に赴いて同人に対して署名捺印を求めた結果作成されたものであることが認められ、<証拠>によれば、長谷川は右書面の内容を否認する供述をしていることが認められるから、これら書面作成の経緯に前記認定の事実をも合わせ考えると、右書面の内容はこれを信用することができない。

以上の事実によれば、破産会社と被告組合間の右根抵当権設定契約は、破産会社の支払停止後である昭和四六年七月六日に締結されたものと認められ、右契約が同年五月二九日になされたものと認めることはできない。

したがって原告は、被告組合に対し、破産法第七二条第四号により、右根抵当権設定契約を否認しうるものである。また、たとえ右根抵当権設定契約が予めなされていた特約による破産会社の義務の履行として締結されたものであるとしても、右契約当時被告組合は、破産会社の支払停止の事実を知っていたことが明らかであるから、原告は、右契約を破産法第七二条第二号により否認しうるものというべきである。

したがって原告は、被告組合に対し、本件建物につきなされた右根抵当権設定仮登記の否認の登記手続を求めうるものである。

原告は、被告組合に対し、右仮登記の抹消登記手続を求めているが、右請求は否認の登記手続を求める趣旨のものと解しうることは前記第一、二(三)のとおりである。

第四、被告組合の原告に対する請求について

一、破産会社は、昭和四七年三月三一日、東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告が破産管財人に選任されたことは当事者間に争いがない。

二、被告組合は、破産会社所有の本件建物につき東京法務局城北出張所昭和四七年二月五日受付第七三七二号をもって根抵当権設定仮登記を経由したことは当事者間に争いがない。

しかし右根抵当権設定仮登記の原因である破産会社と被告組合間の根抵当権設定契約は原告によって否認され、被告組合は、原告に対し、右仮登記の否認の登記手続をなすべき義務があることは前記第三で認定したとおりである。

したがって被告組合の原告に対する右仮登記にもとづく根抵当権設定本登記手続請求は理由がない。

第五、結論

よって原告の被告らに対する請求はいずれも認容し、被告組合の原告に対する請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山本矩夫)

<以下省略>

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